旭川地方裁判所 昭和62年(ワ)565号 判決 1999年4月13日
原告 磯江洋一
被告 国
代理人 伊良原恵吾 成田英雄 島尻裕士 高松繁晴 村岡智幸 ほか六名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、五〇〇万円及びこれに対する昭和六二年一二月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、旭川刑務所に無期懲役囚として在監中の原告が、同刑務所を設置、管理、運営している被告に対し、同刑務所長が原告を約一三年二か月にわたって昼夜間独居拘禁に付し続け、又本件訴訟係属中にこれを解除した後も再び五か月間の昼夜間独居拘禁に付したことが、監獄法令、憲法一八条(奴隷的拘束の禁止)、三六条(残虐な刑罰の禁止)、市民的及び政治的権利に関する国際規約七条、一〇条又は被拘禁者処遇最低基準規則等に違反し、違法である旨主張し、国家賠償法一条一項に基づき、慰謝料五〇〇万円の支払を求めたという事案であり、中心的争点は、約一三年二か月間又は五か月間にわたった右各昼夜間独居拘禁が監獄法令、憲法一八条、三六条、前記国際規約七条、一〇条又は被拘禁者処遇最低基準規則等に違反して違法であるか否かである。
一 (前提事実)
以下の各事実は、証拠を括弧書きで摘示した部分を除き、当事者間に争いがない。
1 当事者
(一) 原告は、昭和五五年七月七日、東京地方裁判所において、殺人罪により、無期懲役刑の判決を受け上訴したが、昭和五六年一二月一五日東京高等裁判所において控訴棄却の判決を受け、昭和五七年七月二日最高裁判所において上告棄却の判決を受け、右刑が確定したため、同年九月三日、東京拘置所から旭川刑務所(以下「本件刑務所」という。)に移送され、現在まで無期懲役囚として同刑務所に在監している。
(二) 被告は、公権力の行使として本件刑務所を設置、管理、運営し、本件刑務所長をして在監者に対する行刑処遇等の公務に従事させている。
2 原告に対する昼夜間独居拘禁の経過
(一) 本件刑務所長は、別紙処遇経過一覧表<略>記載のとおり、昭和五七年九月二七日に原告を監獄法一五条・同施行規則四七条(戒護のため隔離の必要がある者)に基づく昼夜間独居拘禁に付し、途中で懲罰の執行のため三回の中断を挟みながら、約一三年二か月間にわたって、右独居拘禁を更新するなどして継続した(以下「本件第一次独居拘禁」という。)。
(二) さらに、本件刑務所長は、平成七年一〇月二三日に原告の処遇を昼間雑居・工場出役・夜間独居に変更した後も、再び平成一〇年三月二八日から約五か月間にわたって右同様の昼夜間独居拘禁に付した(以下「本件第二次独居拘禁」という。なお、右本件第一次独居拘禁と本件第二次独居拘禁とを合わせて、「本件各独居拘禁」という。<証拠略>)。
3 昼夜間独居拘禁の処遇内容の概要
右にいう本件の昼夜間独居拘禁とは、おおむね、受刑者を昼夜間を通して一つの居房(約一・五坪)に拘禁し、工場出役を認めず、居房内で作業に従事させ、他の受刑者との交通を遮断し、集団処遇に参加させないほか、運動・入浴も個別に実施するというものである(監獄法施行規則二三条は、独居拘禁に付された者は他の在監者との交通を遮断し、召喚、運動、入浴、接見、教誨、診療、又はやむを得ない場合を除くほか常に一つの房内に独居させるものとする旨規定している。)。
二 (原告の主張)
1 本件第一次独居拘禁を開始した措置の監獄法令違反
(一) 監獄法令における雑居拘禁の原則
監獄における拘禁方法の原則は、雑居拘禁であり、独居拘禁は極めて限られた例外的な場合にしか認められないというべきである。
すなわち、監獄法施行規則二五条、三一条、三二条によれば、昼間独居、夜間独居という拘禁形態も存在するから、監獄法一五条が独居拘禁を原則的な拘禁形態とする趣旨であるとは解されない。また、その後に制定された行刑累進処遇令は、受刑者の発奮努力に応じて処遇を緩和し、漸次、集団生活に適応させて完全な社会復帰を促すため累進処遇制度を導入したのであり、右処遇令は第三級及び第四級の受刑者(原告は第四級の受刑者に当たる。)は必要のある場合を除いて雑居拘禁に付する旨定めており、実際上も雑居拘禁に付される者が多数である。さらに、独居拘禁を受けた者は、他者との交流が遮断されて、自分とだけの対話を繰り返すことになるから、思考が硬直化して視野狭窄に陥りやすく、また、一度抱いた不満を解消する術がないことから、不満を増殖していく傾向が認められる。独居拘禁は、本来社会的存在である人間としてのあり方とはかけ離れた不自然な生活を強いるものであるから、これが長期にわたる場合には、受刑者の心身に重大な影響を与えるとともに、行刑の目的である社会生活への適応をも阻害するものである。このような諸点に鑑みると、受刑者の拘禁形態は、雑居拘禁が原則であると解される。
(二) 独居拘禁に付する刑務所長の裁量権逸脱
右のように独居拘禁が例外的な拘禁形態であるとすれば、分類調査後に初めて独居拘禁に付する場合にも、戒護のために隔離する具体的な必要性が積極的に認められなければならない。
しかし、本件においては、原告を独居拘禁に付する具体的な必要性、すなわち、施設内における規律及び秩序を厳正に維持し、施設の安全を確保するために原告を隔離しなければならないような事態の発生等を経験則上容易に予測することができないのであって、原告には独居拘禁を受ける理由はない。
なお、本件刑務所における視察表(<証拠略>)及び処遇経過状況調書(<証拠略>)によれば、本件刑務所長が原告を本件各独居拘禁に付した理由は、<1>本人は就業に際し、居房は夜間独居房を希望しているが、現在夜間独居房の空房がないこと、<2>本人は現在民事事件三件の係争中であるが、刑が確定し当所に移送され、共同訴訟を遂行することについての不安も窺われ心情が不安定であることとされている。しかし、<1>の夜間独居房に空房がないという理由は、原告の意思とは全く無関係な本件刑務所の物理的事情であって、このような事情は、夜間独居拘禁にはできないという理由にはなりえても、昼夜間を通して独居拘禁に付することを正当化する理由にはならない。また、<2>の理由についても、原告が本件刑務所に移監される前から、共同原告間においては、訴訟を継続していくことについて確認されていたし、共同原告間の交通も認められていたから、原告には訴訟遂行上の不安は現実には存在しておらず、不安定な心情にはなかったものであり、独居拘禁に付する理由にならない。
したがって、本件刑務所長が分類調査後に原告を昼夜間独居拘禁に付した措置は、右独居拘禁の必要性の要件の判断についての本件刑務所長の裁量の範囲を逸脱したものであって、違法である。
2 本件第一次独居拘禁を更新継続した措置の違法性
(一) 監獄法令違反(刑務所長の裁量逸脱)
(1) 独居拘禁の期間は六か月を超えることを得ず、特に継続の必要ある場合には三か月ごとに期間を更新することができるとされているから(監獄法施行規則二七条)、独居拘禁を更新するためには、特に継続する必要性のあることが積極的要件であるし、懲罰を挟んで形式上新たに独居拘禁に付する場合にも戒護のため隔離する必要のあることが要件である。
(2) しかるところ、本件刑務所長が約一三年二か月にわたって本件第一次独居拘禁を更新継続した主な理由は、原告が対監獄闘争を指向し、獄中者組合の結成を公言していることにあると思われる。
しかし、本件刑務所に入所してから独居拘禁に付され、他者との交流が遮断された原告としては、何らの問題行動を起こしていないにもかかわらず、独居拘禁が更新継続されることについて、不満を蓄積していくことはやむを得ないところであって、原告が本件刑務所に対して黙秘を始めたり、過激な心情を吐露することがあっても、それは不当な独居拘禁に付した本件刑務所に対抗するためのものであるから、本件刑務所の姿勢自体が更新理由を再生産してきたものと評価すべきであり、監獄闘争を指向する原告の姿勢は独居拘禁の更新継続を必要とする理由にはならない。結局、本件第一次独居拘禁は、東京拘置所時代から獄中で活動歴のある原告をいかに処遇すべきか迷った本件刑務所長が、夜間独居房に空房がないとか民事訴訟を抱えていて心情不安定であるなどという貧弱な理由で、とりあえず昼夜間独居拘禁に処して様子を見ようとして集団処遇に処すべき決断を先送りしているうちに、原告の反発を招いたことから、際限のない予防拘禁へと転化していったというのが実態である。イソップ童話にある如く、旅人の外套を脱がせるべく北風を吹き付けても、それは逆効果であって、相手がより強固に襟を立てるなどして外套を身にまとうのみである。本件刑務所長は、右と同様の愚を犯したものである。
(3) さらに、更新継続された本件第一次独居拘禁の具体的な処遇内容は、次のように過酷なものである。
ア 本件刑務所長は、原告を工場に出役させず、幅一・六メートル、奥行き三・一メートル、高さ二・五メートル(約一・五坪)の空間の独居房内で安座姿勢を維持させながら、箸袋に割り箸を入れる作業に従事させていたが、昭和五九年二月二七日からは房内において立作業の家具の中芯作りに従事させ、平成一〇年三月二八日からはプレートパックを作成する作業に従事させている。
イ 右作業時間内は、用便等を除いて指示された区画内において同一姿勢をとることを命じ、壁によりかかることや房内での運動を一切禁止している。
ウ 昼夜とも他の在監者とは厳格に隔離し、交流、会話等を一切禁止し、所内で行われる映画会、講演、レクリエーション行事にも一切参加させない。作業等日課以外の自由時間においても、指定された位置に座らせ、無断で席を離れたり、運動することを認めない。
エ 戸外運動は、基本的には出入口幅一メートル、奥行き一〇・八メートル、最開口部五・四メートルの扇型の運動場で、週三日又は四日、一日三〇分ないし四〇分間実施させるが、悪天候の場合には独居房内において所定の体操をさせる。
オ その他、入浴、診察、理髪、接見連行、教誨教育もすべて他の受刑者から分離し、別個の場所、態様で実施し、入浴は週二回、三〇分間、幅一・〇六メートル、奥行き三・二メートルの独居者専用入浴場において実施する。
カ 外部交通は近親者及び身柄引受人とのみ許すが、その回数を制限する。
(4) また、独居拘禁の長期化に応じて独居拘禁の弊害が増大するのであるから、右期間の長期化に従って本件刑務所長の裁量の幅が狭められるものと解すべきところ、本件刑務所長は、そのような謙抑的な判断をしておらず、本件各独居拘禁を解除するための積極的な試みを何らしていない。
(5) よって、本件刑務所長が約一三年二か月にわたって本件第一次独居拘禁を更新継続した措置は、監獄法一五条又は監獄法施行規則二七条、四七条の各要件の判断についての裁量の範囲を逸脱しており、違法である。
(二) 告知を欠く更新手続の違法性
(1) 被告人の勾留期間を更新する旨の裁判所の決定は当該被告人に告知されていること(刑事訴訟法六〇条二項、刑事訴訟規則三四条参照)、監獄法及び同施行規則には、独居拘禁を更新する処分に対する不服申立ての制度がないから、独居拘禁の更新を当該受刑者に対して告知しなければ、更新が理由不明のまま独居拘禁が長期間継続されてしまうことに照らすと、刑務所長は独居拘禁を更新する旨の書面を原告に送達して告知する必要があると解すべきである。
(2) また、本件刑務所長の達示によっても、独居拘禁に付するには、厳格な手続上の措置が必要であり、その理由は原告に告知されなければならないはずである。
(3) しかるに、本件刑務所長は原告に対し独居拘禁の更新の理由を何ら告知していないから、本件第一次独居拘禁の各更新には手続的違法性があり、本件第一次独居拘禁の更新継続は、違法である。
(三) 憲法一八条、三六条違反
本件第一次独居拘禁の具体的な処遇内容は、前記のとおり過酷なものであり、このように過酷な昼夜間独居拘禁を約一三年二か月にもわたって継続するのは、本来社会的存在である人間としてのあり方とはかけ離れた不自然な生活を長期にわたって継続し、受刑者の心身に重大な影響を与えるとともに、行刑の目的である社会生活への適応をも著しく阻害するものであるから、憲法一八条(奴隷的拘束の禁止)及び三六条(残虐な刑罰の禁止)にも違反し、違法である。
(四) 国際人権B規約違反
本件刑務所長が原告に対して本件第一次独居拘禁を継続した措置は、以下の理由(1)ないし(3)のとおり、昭和五四年九月二一日に発効した多国間条約である市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「国際人権B規約」という。)七条(残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い若しくは刑罰の禁止)及び一〇条(人間の尊厳に基づく処遇)にも違反する。
(1) 国際人権B規約は、同規約実施の実効性を確保するため、人権の国際的監督制度として規約人権委員会を設置することとしているが(二八条)、同委員会は、各国政府の推薦を受けて選任された世界的に著名な法律家等一八名の委員によって構成されている。そして、右委員会は国際人権B規約の解釈について多くの一般的意見を示すが、右意見は国際人権B規約の各条項を詳論し、その意味と適用範囲を明確にするもので、その解釈は極めて高い権威を有するほか、規約に適合するか否かを判断するための基準とされている。また、同委員会は、個人が第一選択議定書に基づき、規約上の権利が侵害されたとして通報した場合には、これに対する審査をしたうえ、見解を発表する準司法的機関でもあるが、その見解は最高の権威を有するものであり、締約国は国際人権B規約の解釈、適用にあたり右見解を尊重しなければならず、右見解で示された国際人権B規約の解釈は、第一選択議定書を批准していない日本等にも適用される。
(2) そして、国際人権B規約七条は、「何人も、拷問又は残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い若しくは刑罰を受けない。」旨定めているところ、規約人権委員会は、一般的意見七(一六)2において、独居拘禁のような措置でさえ、状況においては、特に、人が接触を断たれた状況に置かれているときには、本条に反する場合があり得るとし、一般的意見二〇(四四)6において、長期間の未決、既決の被拘禁者の独居拘禁は非人道的な取扱いとなり得ると指摘している。また、同委員会は、許可なく二度部隊から離脱したことを理由に兵士が一〇日間営倉拘禁に処せられたという事案において、何が非人道的な若しくは品位を傷つける取扱いであるかは、事案のすべての事情、すなわちその継続期間、方法、被害者の性別、年齢、健康状態などに基づいて判断されなければならないとの見解を示している。
しかるに、本件第一次独居拘禁は、別紙処遇経過一覧表<略>記載のとおり、約一三年二か月の長期にわたるものであって、行刑の目的の一つである社会生活への適応そのものを阻害するおそれがあるから、収監目的の達成との均衡からみて合理的な一定の限度を越えるものであり、国際人権B規約七条(残虐又は非人道的な取扱い等の禁止)に違反し、違法である。
(3) また、国際人権B規約一〇条一項は、「自由を奪われたすべての者は、人道的にかつ人間の固有の尊厳を尊重して、取り扱われる。」と規定し、規約人権委員会は、一般的意見二一(四四)3において、自由を剥奪された人々は、閉鎖された環境ゆえに避けられない条件は別として、国際人権B規約に規定するすべての権利を享有すると指摘している。
しかるに、本件第一次独居拘禁は、原告を入所当初から約一・五坪の独居房に約一三年二か月も閉じ込めて他者との交流を遮断し、一切の集団処遇を認めず、かつ、週三、四回、三〇分間の屋外運動しか認めないなど、自由の剥奪に通常伴う自主決定の権利を奪われるという固有の苦痛を増大させたものであり、国際人権B規約一〇条(人間の尊厳に基づく処遇)に違反することは明白である。
(五) 被拘禁者処遇最低基準規則等違反
被拘禁者処遇最低基準規則(一九五七年)五七条は、「刑務制度は、正当な理由に基づく分離拘禁または規律の維持に伴う場合を除いては、この状態に固有の苦痛をそれ以上に増大させてはならない。」とし、同最低基準規則二一条一項は、「戸外の作業に従事しないすべての被拘禁者には、天候が許す限り、毎日少なくとも一時間、適当な戸外運動をさせなければならない。」と規定しており、同最低基準規則は、国際慣習法になっているものと理解される。しかるに、本件第一次独居拘禁は、受刑者に固有の苦痛を増大させたものであるから、右各最低基準規則にも違反しており、違法である。
また、被拘禁者処遇基本原則(国際連合総会にて採択、一九九〇年)6は、「すべての被拘禁者は、人格の十分な発展を目的とした文化的活動及び教育に参加する権利を有する。」と規定し、同7は「懲罰の手段としての独居拘禁の廃止又はその使用の制限への努力がなされるべきであり、奨励されるべきである。」と規定し、本件のような集団処遇を一切認めない独居拘禁及び刑罰の形態としての独居拘禁そのものを廃止する方向を示している。
3 本件第二次独居拘禁に付した措置の違法性
(一) 監獄法令違反(裁量権逸脱)
原告は、平成七年一〇月二三日に本件第一次独居拘禁を解除された後は、工場へ出役して他の受刑者との共同作業に従事し、運動・入浴も平穏に遂行してきたものであり、格別、集団処遇に適さないという理由は存しなかった。
確かに、本件第二次独居拘禁に付される直前に、原告が入浴時に許可を受けていない使いかけの石けんを所持していたことによって本件刑務所長から懲罰を受けたことがあるが、それは原告の行為によるものではなく、他の受刑者のお節介によるものであるから、原告が再度昼夜間独居拘禁に付される理由にはならない。
したがって、本件刑務所長が右懲罰事犯を契機に、原告を平成一〇年三月二八日から約五か月間にわたって本件第二次独居拘禁にした措置は、裁量の範囲を逸脱したものであって、違法である。
(二) 憲法違反等
また、本件第一次独居拘禁が約一三年二か月にわたって継続されたというそれまでの経過に鑑みると、本件第二次独居拘禁も、前記憲法一八条、三六条、国際人権B規約七条、一〇条、被拘禁者処遇最低基準規則五七条、二一条一項又は被拘禁者処遇基本原則6、7に違反し、違法である。
4 原告の損害
原告は、違法な本件各独居拘禁により、日常的に狭い室内に拘束され、同一の単純作業を維持されることによって、身体の全体的発達が阻害され、視野も狭くなり、視力も低下した。また、原告は生来の排便機能障害を有していたが、運動時間が極めて制限されているため胃腸の活動が低下し、排便機能障害が悪化して身体が衰弱した。さらに、原告は、日常的に狭い空間に拘束されていること及び他人との会話や交流から絶縁された状態に置かれていることにより、人間的社会性、共同性を奪われるなど、著しい精神的苦痛を受けており、これらの苦痛に対する慰謝料としては五〇〇万円が相当である。
よって、原告は、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、慰謝料五〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達日の翌日である昭和六二年一二月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
三 (被告の主張)
1 本件第一次独居拘禁を開始した措置の適法性
(一) 監獄法令における独居拘禁の原則
(1) 監獄における拘禁方法は独居拘禁が原則である。すなわち、監獄法一五条によれば、在監者は、年齢、性別、さらに被疑者、被告人又は受刑者の別、刑名のいかん、あるいは刑期の長短等にかかわらず、心身の状況により不適当と認められない限り、理由及び必要性の有無、程度を問わず独居拘禁に付することができる。
また、監獄法施行規則は、独居拘禁に付すべき場合を列挙しているが、同規則二五条二項は、その余の者であっても独居房に残余があるときは独居拘禁に付し得るものと定めているから、これは監獄法一五条による独居拘禁の原則を前提としている。
(2) たしかに、行刑累進処遇令が制定され、大幅に雑居拘禁制度が採用されたといえるが、右処遇令は監獄に収容される各種の被収容者のうち、懲役刑受刑者に対してのみ、しかもその一部(二条、七五条参照)に限って適用されるものであり、しかも、この累進処遇制度は、その適用を受けることになる受刑者の矯正及び社会復帰を促進するために、原則的拘禁方法である独居拘禁の例外として、雑居拘禁の方法による旨を処遇上の指針ないし基準として示したにすぎず、監獄法の独居拘禁の原則を変更したものではない。
(二) 独居拘禁に関する刑務所長の裁量
監獄法上は、独居拘禁をもって原則的な拘禁方法としているが、国家財政上の問題から、独居房の数が不足しているという実態は否定できないところであるし、行刑目的である受刑者の改善更生、社会復帰という観点からは、雑居房に収容して共同集団生活を経験させて社会性、協調性をかん養する必要があることも否定できない。したがって、実際の処遇面においては、刑務所長は、右の物理的な制約及び行刑目的からの要請をも斟酌しつつ、当該受刑者の刑期、犯歴、刑務所内における行状、性格、他の受刑者との関係、集団生活への適応の可否、施設内の保安状況等を総合考慮し、当該受刑者に対する最も有効適切な拘禁方法を決定することになる。そして、この拘禁方法に関する決定は、行刑に精通し豊富な経験を有しているうえ、当該受刑者の素質、行状等を十分知悉している刑務所長の専門的、技術的な判断に委ねられている。
(三) 独居拘禁の必要性
行刑施設における矯正処遇を効果的に実施するためには、施設の規律及び秩序が厳正に維持され、安全な環境が確保されていることが大前提であるところ、本件刑務所は、執行刑期が八年以上の長期の懲役刑を受け、かつ過去に受刑歴があり、反社会的集団への所属性が強く、犯罪傾向の進んだ処遇困難なLB級受刑者を多数収容する行刑施設であるから、受刑者単独で指示違反、抗弁、職員に対する暴行、逃走等の事故を引き起こす危険性を常に内包しているほか、これらの処遇困難な受刑者を安易に集団処遇にした場合には、他の受刑者に対して危害を加え、逆にその者に対する反感から他の受刑者がその者に暴力行為に及び、さらには、他の受刑者がその者とかかわり合いを持ったことによって、行刑施設の処遇についての自己の不平不満を殊更に強めるなどして、施設に対し攻撃的言動に及ぶ者が続出するなど、施設内の規律及び秩序が乱れ、その挙げ句に、施設全体が収拾のつかない混乱状態に陥るおそれがある。そこで、処遇上問題のある受刑者又は現実に問題を惹起した受刑者については、その危険性が消失したと認められるまでの間、昼夜間独居拘禁に付したうえ、経過観察する必要があることは、否定し得ない事実なのである。
(四) 本件第一次独居拘禁開始の判断
原告の移送を受けた本件刑務所では、分類調査をしたが、その過程において、原告が、東京拘置所に未決囚として在監していた当時、階級闘争の戦列強化、監獄解体をスローガンとしている獄中者組合に加入し、右の組合の活動に同調して拒食、点検拒否等の各種の規律違反行為を反復し、その結果、別紙懲罰一覧表<略>記載のとおり、合計一七回の懲罰を受け、しかもそのうちの一〇回が保護房収容であったことが判明し、本件刑務所内でも右活動のための同志を募ろうとする様子も見受けられた。
そこで、本件刑務所長は、原告の東京拘置所における活動及び規律違反行為を反復していた状況や分類調査、分類審査会の調査、審査の結果及び原告の犯歴、犯罪の態様、刑期、性格、他の受刑者との関係、集団生活への適応の可否、施設内の保安状況等を総合的に考慮し、また、原告が監獄解体闘争を進めると公言していたこともあって、集団処遇になじまず、戒護の必要がある受刑者であると判断し、監獄法施行規則四七条に基づき、原告の動静を観察するため、当初の間だけの予定で、原告を昼夜間独居拘禁に付することとしたものである。
(五) したがって、本件刑務所長が本件第一次独居拘禁を開始した措置は適法である。
2 本件第一次独居拘禁を継続した措置の適法性
(一)(1) 本件刑務所長は、監獄法施行規則四七条に基づき、原告を昼夜間独居拘禁に付し、原告の動静を観察していたが、原告は、その後も行刑施設等に対する闘争的な態度を改めることなく、かえって、「獄中者組合の旭川支部を結成する。」とか、「じっと黙って獄中生活をしようとは思っていない。」、「革命以外に出獄の道はない。」あるいは「出獄する場合は実力による出獄以外にはありえない。」などと公言し、原告を集団処遇に処して工場に出役させた場合、作業工場等で他の受刑者に働きかけを行い、他の受刑者が原告とかかわり合いをもつことによって、処遇についての自己の不平不満を殊更に強め、その結果、施設に対する攻撃的言動に及ぶ者が続出するなど施設内の規律及び秩序が乱れるおそれは依然として継続していただけでなく、原告自身が刑務所内の規律を混乱させるおそれが極めて高いものと認められた。そこで、本件刑務所長は、これらの状況を考慮し、監獄法施行規則二七条に基づき、原告の独居拘禁を三か月ごとに更新継続し、又は懲罰を挟んで新たに戒護のための独居拘禁に付してきたものである。
(2) また、継続された独居拘禁の具体的な処遇内容は、次のとおりであって、自由刑の執行それ自体に伴う苦痛以上のものを原告に与え、その社会性を全く奪ってしまうというものではない。
ア 原告の居房内における座席位置については、担当職員が、原告を含め、独居拘禁に付されている受刑者の居房内における状況を把握する必要性から、点検時、食事時及び就寝時においてはこれを指定しているが、これ以外の場合には、担当職員の視察上の死角となる箇所に位置してはならない旨指導しているほかは特に位置の指定をしていない。また、同一姿勢をとること等は全く命じていない。
イ また、本件刑務所長は、確かに、原告に対し、他の在監者との交流、会話を禁止しており、他の在監者と一緒でのレクリエーションや集団で実施している教育行事への参加を認めていないが、個別に実施している行事については、原告の出席を認めている。
ウ 本件刑務所長は、原告が親族、弁護士、知人等にあてて発信すること、親族、弁護士、知人等との接見(外部交通)を認めている。
エ 本件刑務所長は、三か月に一回、原告ら受刑者の健康診断を実施しており、受刑者の健康に留意している。
(3) したがって、本件刑務所長が本件第一次独居拘禁を継続した措置は適法である。
(二) 本件第一次独居拘禁の更新手続の適法性
(1) 独居拘禁を更新した場合にその旨を当該受刑者に告知すべきか否かについても、刑務所長の専権的裁量に委ねられている。独居拘禁の状態が継続している以上、当該受刑者は独居拘禁を更新した旨の告知を受けなくても、独居拘禁が更新されたことを知り得るのであり、また、施設の長が当該受刑者の独居拘禁を更新するか否かは、当該受刑者の刑期、犯歴、刑務所内における行状、性格、他の受刑者との関係、集団生活への適応の可否、施設内の保安状況等を総合考慮し、監獄法施行規則二七条に基づきこれを行うものであるから、独居拘禁を更新する旨の告知を当該受刑者にしないからといって、その更新があいまいのまま長期間継続するということはない。また、被告人の勾留期間の更新制度は独居拘禁の更新手続とは法律上異なる制度であるから、法律上別個の制度に必要とされる告知手続を欠いたからといって、本件各独居拘禁の更新手続が違法性を帯びるというものではない。
(2) 刑務所長の達示とは、刑務所長がその裁量権に基づき在監者に対する一定の処遇に関する判断基準及び手続等をあらかじめ内部的に定めたものにすぎず、刑務所長がその裁量権に基づいて行う個々の措置を法的に規律する効力を持つものではないから、刑務所長の措置の違法性の有無を判断する基準となり得るものではない。
(三) 本件第一次独居拘禁の継続が憲法に違反しないこと
(1) 憲法は、国家の刑罰権の行使として、受刑者を拘禁して一定の作業を科すことにより、犯罪に対する報復を遂げて正義の実現に寄与するとともに、受刑者を社会から隔離して一般社会を防衛し、かつ、受刑者の教化改善を図って、その社会生活への適応性を回復・増進するという懲役刑の拘禁目的を達成するために受刑者の自由を制限することを容認している。そして、監獄は、多数の被収容者を外部から隔離して収容する施設であり、右施設内でこれらの者を集団として管理するに当たっては、内部における規律及び秩序を維持し、その正常な状態を保持する必要があるから、この目的を達成するために必要がある場合には、被収容者の身体的自由及びその他の行為の自由に一定の制限が加えられることはやむを得ないというべきであり、この点からすると受刑者の自由に対する合理的な範囲の制限も、自由刑制度自体に内在するものということができ、憲法がこれを容認しているものである。
したがって、懲役刑の拘禁目的を達成し、又は監獄の規律及び秩序の維持上の必要に基づき独居拘禁に付する制度自体は、憲法に適合するものであることは明らかであり、さらに、これらの必要に基づきその独居拘禁を更新継続することについても同様であると解することができる。
(2) しかるところ、原告が本件刑務所において表明してきた主張は、要するに、日帝及びその手先である行刑当局を打倒し、暴力による世界革命の実現を目指すということを根本的思想とするものであり、日本国憲法の下に民主的に成立した政府を暴力で破壊するとの主張に他ならないのであって、このような主張を憲法が容認するとは到底考えられない。そして、このような主張を本件刑務所収容中かたくなに堅持し、他の受刑者への扇動を試みようとする原告を、他の受刑者と共に集団として処遇した場合には、施設内の規律及び秩序を乱すおそれが極めて高く、他の受刑者の改善教化に著しい支障を来すことは明らかである。
したがって、このような主張を続ける原告を独居拘禁に付し、同様の態度を表明し続けていたこと等からその独居拘禁を継続したことは、本件刑務所に収容されている受刑者の拘禁目的を達成し、同所の規律及び秩序を維持するために真にやむを得ないものである。
(3) また、継続された独居拘禁の具体的な処遇内容は、前記のとおりであって、自由刑の執行それ自体に伴う苦痛以上のものを原告に与え、その社会性を全く奪ってしまうというものではない。
(4) よって、本件第一次独居拘禁の継続という措置は、受刑者に対して憲法に内在する範囲内の制限をしたにとどまるものというべきであるから、憲法一八条(奴隷的拘束の禁止)又は三六条(残虐な刑罰の禁止規定)に何ら違反するものではない。
(四) 本件第一次独居拘禁の継続が国際人権B規約に違反しないこと
(1) 規約人権委員会の一般的意見、見解の法的拘束力について
ア 規約人権委員会は、国際人権B規約四〇条四項に規定されているとおり、国際人権B規約の締約国の規約の履行状況に関する報告を検討する機関であり、そのほか、適当と認める一般的意見を締約国に送付したり、経済社会理事会に送付したりすることができるが、これら意見は、締約国に対し法的拘束力を持たないものである。
我が国は、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約と国際人権B規約とを批准したが、選択議定書を批准しておらず、また、国際人権B規約四一条に基づく規約人権委員会の審議権限の受託宣言をしていないから、我が国と規約人権委員会との関係で問題となるのは、権利の実現のために採った措置等に関しての我が国の定期報告義務のみである。したがって、そもそも選択議定書や国際人権B規約四一条に基づく規約人権委員会の意見は、我が国に対する法的拘束力の問題を生ずる余地はない。
イ また、定期報告書に関する規約人権委員会の権限については、規約人権委員会は、規約が適正に実施されているかを審査する権限はなく、報告書を検討した上で意見を述べるにすぎず、これは「当事国との建設的な対話」のためのものであるともされているのであって、その意見は、報告した国を法的に拘束するものではない。
ウ さらに、一般的意見の目的は、規約人権委員会によれば、「規約の実施を促進するため全ての締約国がこの報告活動を活用できるようにすること、多くの報告が不充分であった点に締約国の注意を促すこと、達成された進歩を報告活動のなかで示唆し、人権の保護並びにその促進についての締約国や国際機関の活動を鼓舞すること」とされており、各国に国際人権B規約の解釈及び実施に当たって参考とされることが求められているにすぎない。
したがって、一般的意見も締約国に対する法的拘束力はない。
エ 加えて、個人の通報に対する規約人権委員会の意見は、選択議定書に基づく個人からの通報に対し、当該通報の内容たる具体的事例について示されるものであり、国際人権B規約自体の有権的解釈といい得るものでないことはもとより、その内容も通報の対象とされた具体的事案限りのものであって、国際人権B規約四〇条四項の一般的意見のような一般性をもたず、当該通報を行った者と関係国のみを対象とするものである上、関係国に対する法的拘束力もないのである。
よって、規約人権委員会の見解は、我が国の裁判所を実質的に拘束するものではない。
(2)ア ところで、国際人権B規約も、憲法と同様に、国家刑罰権の行使を認め、懲役刑の拘禁目的を達成し、又は監獄の規律及び秩序の維持上の必要に基づき受刑者を独居拘禁に付する制度及びその必要性に基づいて独居拘禁を継続することを容認していると解される。
イ そして、民主的に成立した政府を暴力で破壊するという原告の主張は、国際人権B規約五条一項に違反している。
ウ このように国際人権B規約にも明らかに反する主張をし続けている原告を、監獄の規律及び秩序の維持上の必要に基づき独居拘禁処遇に付し続けたとしても、真にやむを得ないものであって、憲法に違反しないのと同様、何ら国際人権B規約に違反するものではない。
(五) 被拘禁者処遇最低基準規則等との関係について
被拘禁者処遇最低基準規則、被拘禁者処遇基本原則は、国際連合経済社会理事会や国際連合総会において承認、採択されたものとして、我が国においても尊重されるべきものであるが、いずれも法的拘束力が認められないものであり、かつ、その趣旨を直接具体化する国内法が制定されるまでの間においては、記載された内容は、これをもって、監獄法を含めた国内法の規定の解釈を左右するような効力をもつとは解されない。
また、被拘禁者処遇基本原則は、被拘禁者に対し、文化的活動及び教育に参加する機会を与え、懲罰の手段としての独居拘禁の廃止の努力をするように宣言しているにすぎず、独居拘禁そのものを廃止する方向を打ち出しているものではない。
3 原告を本件第二次独居拘禁に付した措置の適法性
平成一〇年二月二五日の入浴終了後の検身の際、原告が官給品の石けんのほかに、自費で購入しなければ所持できない自弁品の石けんを所持しており、その入手経路の取調べにおいて、原告は一貫して黙秘した。
そこで、本件刑務所長は、許可されていない物品を所持していたとの規律違反行為があったとして、監獄法五九条及び六〇条に基づき、原告に対して一五日間の軽屏禁(文書図画閲読の禁止併科)の懲罰を執行した後、右石けんの入手経路が不明のままでは、原告が石けんを授受したこと又は窃取したことに起因して、他の受刑者との間でトラブルが発生し、最悪の場合、暴行等の重大事犯に発展する危険性も考えられたことから、その時点で従前の工場に出役させることは適当でなく、原告の身体状況(腰痛等)、各工場の作業内容、施設の構造・警備力及び原告の施設に対する反抗的態度などを併せ考えると、他に適当な工場も見当たらなかったことから、当分の間、原告及び従前の工場に就業する他の受刑者の様子を観察することとし、原告を第二次独居拘禁に付した。
したがって、本件第二次独居拘禁に付した本件刑務所長の措置は、その裁量権の行使について逸脱がなく、適法である。また、右措置は、憲法一八条、三六条、国際人権B規約七条、一〇条等にも違反しない。
4 一部消滅時効
(一) 原告が被告に対し本件訴えを提起したのは、昭和六二年一二月四日であるから、三年を逆算した昭和五九年一二月四日以前の被告の不法行為に基づく損害賠償請求権は訴え提起時に既に時効により消滅している。
(二) 被告は、原告に対し、平成八年二月一三日本件口頭弁論期日において、右時効を援用する旨の意思表示をした。
四 (消滅時効に対する原告の反論)
原告に対する本件第一次独居拘禁は、法形式上は三か月毎の処分の積み重ねであるが、被告から、各更新毎に更新の告知がないから、原告は各更新の事実及び時期を知ることはなく、間断なく更新継続されてきたものである。
そうすると、原告が受けた独居拘禁処遇による損害は、日々間断なく継続された損害であって、全体として一個の不法行為によるものであると解される。
したがって、消滅時効は、本件第一次独居拘禁が解除された平成七年一〇月二三日から進行すると解すべきであり、消滅時効は完成していない。
第三当裁判所の判断
一 本件第一次独居拘禁を開始した措置の違法性の有無について
1 独居拘禁に関する刑務所長の裁量権
(一) 独居拘禁は、刑務所内での悪風感染を防止し、刑務所の犯罪学校化を阻止したり、雑居拘禁における在監者同士の紛争を未然に防止して、矯正処遇の前提である監獄秩序の維持を図るばかりでなく、在監者の精神の安定と統一を容易にし、自己反省・内省の機会を与え、在監者のプライバシーをも確保することができるという利点がある。しかし、他方で、国家財政上の制約から、独居房の数には限りがあるし、独居拘禁は本来社会的存在として共同生活を営むことを常とする通常人の生活とは異なる孤独な生活を受刑者に強いることになるから、それが長期化するにしたがってその心身に悪影響を与えるおそれがあるという弊害もあるし、行刑目的である受刑者の社会復帰という観点からは、雑居房に収容して共同集団生活を経験させて社会性、協調性をかん養する必要もある。そこで、実際の処遇においては、行刑についての専門的知識と豊富な経験を有している刑務所長が、これらの諸点を斟酌しつつ、当該受刑者の刑期、犯歴、刑務所内における行状、性格、他の受刑者との関係、集団生活への適応の可否、施設内の保安状況等を総合考慮し、当該受刑者に対して最も有効適切な拘禁方法を決定することが監獄法令においても予定されているものと解される。
したがって、監獄法施行規則四七条の「戒護のため隔離の必要がある者」という要件その他の判断においては、刑務所長に裁量権があり、その判断が合理的な根拠を欠き、著しくその妥当性を欠く場合に限り、裁量権の範囲を逸脱するものとして、違法になるものと解される。
(二) これに対し、原告は、行刑累進処遇令が制定され、懲役受刑者に対しては一部を除いて雑居拘禁制度が原則として採用されたため(同処遇令二条、二九条、三〇条)、受刑者を独居拘禁に付し又は継続することについての刑務所長の裁量的判断が大幅に制約されるかのように主張する。
しかし、監獄法一五条は、在監者は心身の状況によって不適当と認められる者を除くほか独居拘禁に付することができる旨規定している。また、監獄法施行規則は、独居拘禁に付すべき者について、<1>新たに入監した者(同規則二一条一項。三日以内)、<2>戒護のため隔離の必要がある者(同規則四七条)、<3>懲罰事犯につき取調中の者(同規則一五八条)、<4>刑期終了により釈放されるべき者(同規則一六七条。三日以内)、<5>余罪又は刑期限内の犯罪により審間中の者(同規則二五条一項一号)、<6>刑期二月未満の者(同項二号)、<7>分類調査のため必要と認められる者(同項三号)を挙げているほか、同規則二五条二項において、<8>その余の受刑者であっても独居房に残余があるときは独居拘禁に付することができると定めている。したがって、監獄法及び同施行規則においては、原告主張のように雑居拘禁が原則とされているとはいえず、むしろ独居拘禁が原則とされているということができる。また、行刑累進処遇令二九条においても、第四級の受刑者(原告のように収容直後に付される最初の級の者)及び第三級の受刑者については、処遇上必要のあるときは雑居拘禁にしない旨明記しているし、右処遇令は監獄法を執行するためのものにすぎない。したがって、本件刑務所長がその裁量的判断によって、原告を「戒護のため隔離の必要がある者」(監獄法施行規則四七条)に該当すると認めて独居拘禁に付することは、右処遇令の雑居拘禁制度の導入によっても何ら制約されるものではない。
2 本件刑務所長が第一次独居拘禁を開始した経過
そこで、本件刑務所長による本件第一次独居拘禁開始の要件の裁量的判断について、裁量権の逸脱がなかったかどうかについて、順次検討するに、<証拠略>によれば、次の各事実を認めることができる。
(一) 本件刑務所長は、昭和五七年九月三日、東京拘置所から原告の移送を受けるや、直ちに、適正な収容と処遇指針を立てるための分類調査を行い、原告の性格、特性、過去の経歴及び精神状態等について調査を行ったところ、以下の事情が判明した。
(1) 原告は、昭和四四年暮れころ、上京して東京都台東区内のいわゆる山谷地区にある簡易旅館に住み、土建関係などの日雇労働者として働くようになった。原告は、間もなく、東京日雇労働組合の活動に参加したものの、昭和四七年六月ころ、同組合を離れて現場闘争委員会の結成に参加するに至り、「やられたらやり返す。」というスローガンのもとに、現場の実力闘争を重視し、主として暴力手配師や悪質業者追放と称する運動に携わるなか、<1>昭和四八年五月に、公務執行妨害及び傷害の各罪により懲役六月の判決を受け東京拘置所に服役し、<2>昭和四九年二月には、建造物侵入及び暴力行為等処罰に関する法律違反の各罪により懲役一〇月(二年間執行猶予)に処せられ、さらに、<3>昭和五二年五月には、傷害罪により懲役八月の判決を受け府中刑務所に服役した。
(2) しかし、原告は、前記山谷地区現場闘争委員会の運動は帝国主義打倒の方向への展望が見いだせないとして、限界を感じて挫折感を覚え、約四年間程は山谷地区から離れ、各地の飯場を渡り歩くなどするうち、次第に絶望感を深め、ついには、野たれ死にするよりは、日頃から原告らにおいてマンモス交番と呼称し、下層労働者抑圧機構の象徴的存在であるとみなしていた東京都台東区所在の警視庁浅草警察署山谷地区派出所の警察官を殺害すれば、それが下層労働者開放運動の将来に新たな展望を開くきっかけになるものと考え、昭和五四年六月九日午後四時過ぎころ、金物店で柳刃包丁を購入し、相当の飲酒を重ねた末、同日午後一一時四〇分ころ、右派出所の前で制服制帽姿で立番勤務中の警察官を刺殺するに及んだ(<証拠略>)。
(3) 原告は、昭和五四年七月三日、殺人罪の被告人として東京拘置所に収容されたが、同月一六日ころ、階級闘争の戦列強化、監獄解体をスローガンとしている獄中者組合に加入し(<証拠略>)、本件刑務所に移送されるまでの間、監獄解体を目的とした対監獄闘争の一環として、暴言、大声、暴行、傷害、点検拒否、房扉足蹴り等の各懲罰事犯を行い、別紙懲罰一覧表<略>記載のとおり、合計一七回の懲罰を受けた(<証拠略>)。
(4) また、原告は、東京拘置所の処遇に対する不満から断続的に一〇回にわたり合計八九食を断ち、大阪拘置所長に宛て、在監者に対する処遇についての抗議書を合計四回発信したほか、東京拘置所長に対し監獄法改悪についての抗議書等を提出するなどした(<証拠略>)。
(5) さらに、原告は、昭和五五年七月七日の殺人被告事件公判において無期懲役刑の判決言渡しを受けた際には、裁判長席に向けて法廷内のマイクを投げつけ、法廷等の秩序維持に関する法律に基づき監置二〇日の制裁を受けた(<証拠略>)。
なお、右判決においては、原告が殺人罪について自己の行動の非を悟るどころかその正当性を主張し、かえって「ポリ公の田中は、罪万死に値し、決して許されはしない。何千何万の田中清(被害者)せん滅をめざして」などと強弁してはばからず、全く反省の念は窺えない旨指摘されていたとともに、他方において、原告は幼くして戦争で父を失い、少年時代には実母とも生別したことが原告の人格形成に影響を与えており、その生い立ちには同情すべき点もある旨指摘されていた(<証拠略>)。
(6) 原告は、本件刑務所に移送される前の昭和五七年八月三日、いとこの橋井宣二との接見において、「工場に出るか、出ないかだ。おとなしくやっても出さない場合もある。点検拒否は執行になってからやめてる。それやると二か月に一度懲罰になる。罰を受けると工場に出さないから、考えてやってる。獄中者の規約を作ろうと考えてる。」と述べていた(<証拠略>)。
(7) 原告は、無期懲役刑確定後の分類調査時に実施されたMJ式SCT検査(法務省文章完成テスト)において、「私がほしいのは」との欄に「同志」と、「頼りにしているのは」との欄に「同じ道を歩もうとしている仲間だ」と、「嫌なのは」との欄に「仲間を裏切ることだ」などとそれぞれ記入した(<証拠略>)。
(8) さらに、本件刑務所入所後の調査においても、原告は、「獄中の現在、どのようにしたらシャバの仲間と結合できるか思案している。ここでは状況に応じて行動することが重要。自由になれたら山谷の運動をより強固にする自信がある。」と応答し、人生観、生活態度については、「生き甲斐は、日本に革命を起こし、共産主義社会を築くことである」旨述べた(<証拠略>)。さらに、原告は、分類調査担当者に対し、口頭で、「中核派を支持し、同志を欲している。獄外の仲間とも結合する方法を考慮している。」旨発言した(<証拠略>)。
(二) そこで、本件刑務所長は、右の調査結果を総合考慮した結果、原告は戒護のため隔離する必要がある者に該当するものと判断し、昭和五七年九月二七日、監獄法施行規則四七条に基づき、原告を昼夜間独居拘禁に付した(<証拠略>)。
3 当裁判所の判断
右2項(一)認定のような原告の犯歴、犯罪の態様、刑期、東京拘置所等における規律違反行為や行刑施設等に対する闘争的な態度、本件刑務所における監獄解体闘争に向けての積極的発言その他の認定事実に照らすと、本件刑務所長が原告を「戒護のため隔離する必要がある者」と認めて独居拘禁に付した措置は、合理的な根拠に基づくものであって、裁量権の逸脱には該当しないから、適法である。
これに対し、原告は、視察表(<証拠略>)に記載されている独居拘禁開始の理由、すなわち<1>原告が希望している夜間独居房の空房がないこと、<2>原告には民事共同訴訟を遂行することについての不安が窺われ、心情が不安定であることは、いずれも独居拘禁の理由にはなりえず、又はその事実がなかったから違法である旨主張するが、右各事情の存在を認めることができるほか、それら視察表記載の理由は本件刑務所長が総合考慮した諸事情の一部にすぎなかったものと認めることができるから(<証拠略>)、右の原告の主張は理由がない。
二 本件第一次独居拘禁を継続した措置の違法性の有無について
1 監獄法令違反(刑務所長の裁量逸脱)の主張について
(一) <証拠略>によれば、本件刑務所長が本件第一次独居拘禁を継続した経過は、次のとおりであったものと認めることができる。
(1) 本件刑務所長は、分類審査会を通じて、担当職員による原告の動静確認及び医務課職員による健康診断の資料をもとに、独居拘禁の更新を検討していたところ、原告は、各回の更新に先立って、おおむね、別紙第一次独居拘禁継続の理由<略>記載のとおり、「『じっとがまんをして』獄中生活をしようとは思っていません。」(昭和五八年一月二四日)、「獄中者組合支部を旭川に作るよう頑張りたい。」(昭和五八年八月一三日)、「私が出獄する場合は実力による出獄以外にはありえません。」(昭和六〇年九月二日)、「マンモス交番のポリ公のせん滅(革命的暴力による打倒)は当然です。改悛などもってのほかで、私は警官を殺した事自体に対しては全然罪の意識はありません。」(昭和六一年五月六日)などといった言動がみられたことなどから、原告には行刑施設等に対する闘争的な態度が何ら改善されておらず、自己中心的な主張を繰り返して内省も全く進まない状態であるため、原告を集団処遇に付した場合には、他の受刑者などに働きかけを行い、施設内の規律及び秩序を混乱させるおそれがあるため、本件第一次独居拘禁を解除することはできないものと判断して、その更新を重ねた。
(2) 他方で、本件刑務所長は、原告の深層心理を探るべく別個の視点から調査する目的で、昭和六二年三月二六日及び同年一一月一九日、旭川少年鑑別所鑑別課長及び法務技官による再鑑別のための面接を実施し(<証拠略>)、原告が改善更生して社会復帰することを期待して工場出役に向けての本人の心情変化等を把握するために、分類統括による面接指導を行った(<証拠略>)。
(3) しかるに、原告は、別紙第一次独居拘禁継続の理由<略>記載のとおり、工場出役に関する面接指導に対しては、工場出役になった場合にも他の受刑者に働きかけて監獄闘争を展開するという姿勢を明示し、平成二年五月ころからは右面接に対しても完全黙秘するようになったほか、懲罰を受けた直後には「今回の懲罰に関わった獄吏共の顔と名前をしっかりと脳裏に刻み付けました。この連中が退職しようが、どこにおろうが、必ずひっとらえて、その責任をとらせてやるつもりでいます。ルーマニアのチャウシェスクとその秘密警察と同じ運命をたどらせてやらねばなりません。」(平成二年七月一二日)などと信書に記載するなど行刑施設職員への反抗的態度を維持し、さらには仮釈放制度を否定して、非合法な手段によって出獄することを表明し続け、警察官殺害の行為を正当化して、何ら反省悔悟する姿勢も示さなかった。
(4) このような状況にある原告を集団処遇に付して工場に出業させた場合には、職員に対する殺傷、反抗、規律違反等のほか、工場等における他の被収容者とのかかわり合いを通じて、他の被収容者が行刑施設に対して反抗的言動に及ぶことを教唆・煽動するおそれもあり、施設内の規律及び秩序を乱すおそれが高く、他の被収容者の教化及び更生への悪影響も危惧されるほか、原告自身が、模範囚として一日も早く出所しようとしている他の被収容者等から反発を受けたり、奇異の目でみられたりして、対人的不適応からあつれきを引き起こす可能性もあった(<証拠略>)。
(5) そこで、本件刑務所長は、右のような諸般の事情を考慮し、原告について他の被収容者との交通を遮断する戒護上の必要が存在すると判断し、原告に対し、別紙処遇経過一覧表<略>のとおり、約一三年二か月にわたって本件第一次独居拘禁を継続した。
(6) しかし、平成七年一〇月二三日に至り、本件刑務所長は、原告が平成六年六月ころから平成七年六月ころにかけて四回にわたって休養処遇に応じたこと、また、分類調査時には依然として黙秘を続けていたものの、平成六年一一月一七日及び平成七年九月二七日の二回にわたって、主任矯正処遇官に対して黙秘をせずに工場出役の意思を表明したこと(<証拠略>)等を考慮し、平成七年一〇月二三日から昼夜間独居拘禁を解除し、工場に出業させた。
(二) 他方、本件第一次独居拘禁の具体的な処遇内容は、<証拠略>によれば、次のとおりであったものと認めることができる。
(1) 工場には出役させず、定期的に転房させるものの、幅一・六三メートル、長さ三・一三メートル、高さ二・五五メートル(約一・五坪)の独居房内において、当初は箸袋に割り箸を入れる作業に、昭和五九年二月二七日からは立作業の家具の中芯作りの作業に、平成一〇年三月二八日からはプレートパックを作成する作業等に従事させている。
(2) 作業時間内においては右作業に必要な動作、例えば座業においては正座または安座姿勢等を保持させるものの、同一姿勢をとることまでは命じておらず、右作業によって生ずる肩こり等をほぐす動作や背伸び等をする動作については特段禁止していない。ただし、作業時間内に用便や水を飲んだりなどする際には、原則として担当職員の許可を得る必要があり、担当職員の視察の死角になる場所で作業を行うこと、任意に作業をやめてしまうことはできない。
また、作業時間以外の原告の居房内における座席位置については、担当職員が原告を含め、独居拘禁に付されている受刑者の居房内における状況を把握する必要性から、点検時、食事時及び就寝時においては、これを指定しているが、これ以外の場合には、担当職員の視察上の死角となる箇所に位置してはならない旨指導しているほかは特に位置の指定をしておらず、同一姿勢をとることなどは全く命じていない。
(3) 他の在監者との交流、会話を禁止しており、他の在監者と一緒でのレクリエーションや集団で実施している教育行事への参加を認めていない。入浴(週二回約二〇分)、戸外運動(入浴のない就業日に約四〇分)、理髪、診察等は、個別に実施している。
(4) 監獄法令に従い、原告が月一回親族、弁護士、知人等にあてて発信し、又は回数に制限なく通信を受領することを認め、親族、身元引受人及び弁護士と接見すること(外部交通)を認めている。
(5) 新聞を閲読させているが(毎日約二〇分)、テレビは収容後二年間程の間だけ一回当たり約二〇分ないし四〇分程見ることを認めていただけで、その後は認めなかった。ラジオは免業日に一定時間聴取させている。
(6) 医務課職員が独居拘禁の長期化による心身への悪影響等を発見、予防するため、三か月ごとに定期的に健康診断を行うほか、原告が腰痛、痔痛、便秘、下痢(過敏性大腸炎)など身体の異常を訴えた際には、湿布薬、軟膏などの薬を与え、また、看守及び医師は原告に対し体調についての問診を行い、腰痛、出血などによる痛みが激しい場合には、休養処遇を勧め、本件第一次独居拘禁の継続期間中においても、四回にわたり、休養処遇の措置を講じ、原告の心身の健康維持に十分に留意していた。その結果、原告には、右腰痛等を除いて、特段の病気もなく、心身の健康は現在まで維持されている(<証拠略>)。
(三) 右認定の経過及び処遇内容に照らせば、本件刑務所長が監獄法施行規則二七条一項又は四七条に基づき本件第一次独居拘禁を継続した措置は、合理的な根拠に基づくものであって、著しく妥当性を欠くということはできず、その裁量の範囲を逸脱しているとは言えないから、適法である。
なお、原告は、独居拘禁が長期化するに従って、独居拘禁の弊害の増大の危険性があるので刑務所長の裁量の幅が狭められるべきであり、その観点からみても本件第一次独居拘禁は違法である旨主張しているが、独居拘禁が長期化したとしてもそれは独居拘禁の継続についての消極的要素である弊害(絶対値)が徐々に増してくるというにすぎず、それが独居拘禁を継続すべき必要性を相対的に上回ることまでをも意味するものではないから、独居拘禁の要件に関する刑務所長の裁量的判断の範囲を制約するものではなく、原告の右主張は、前記適法性の判断を左右するに足りない。
2 更新手続の違法性の主張について
原告は、独居拘禁の更新を当該受刑者に告知すべきであるのに本件刑務所長はこれを怠っているから本件第一次独居拘禁の更新手続には違法性がある旨主張し、その根拠として、被告人の勾留期間の更新において告知が義務づけられていることを挙げるが、右勾留更新制度は独居拘禁の更新手続とは法律上異なる制度であるから、右告知を義務づける根拠となるものではない。また、原告は、刑務所長の達示に告知の制度があることを右告知を義務づける根拠として主張するが、右達示は、刑務所長がその裁量権に基づき在監者に対する一定の処遇に関して判断基準及び手続等をあらかじめ内部的に定めたものにすぎず、刑務所長がその裁量権に基づいて個々に行う措置を法的に規律する趣旨のものではないから、告知に関する定めが右達示にあったとしても、それは、当該更新手続を違法とする根拠になるものではない。そして、当該受刑者は、独居拘禁の状態が継続している以上、明示的な告知を受けなくても、独居拘禁が更新されたことを知り得るのである上、監獄法令には、独居拘禁の更新を当該受刑者に告知することを義務づけた規定がないのであるから、右告知は監獄法令上は必要ないものと解される。
よって、告知を要求する右原告の主張は理由がない。
3 憲法一八条、三六条違反の主張について
(一) 憲法は、国家の刑罰権の行使として、受刑者を拘禁して一定の作業を科すことにより、犯罪に対する報復を遂げて正義の実現に寄与するとともに、受刑者を社会から隔離して一般社会を防衛し、かつ、受刑者の教化改善を図って、その社会生活への適応性を回復・増進するという懲役刑の拘禁目的を達成するために受刑者の自由を必要かつ合理的な範囲内で制約することを容認している。そして、右拘禁目的を達成するためには、監獄の規律及び秩序が維持されていることが当然の前提であるから、憲法は、監獄の規律及び秩序を維持するために必要かつ合理的な範囲内で、受刑者を独居拘禁に付し、必要があればこれを更新継続していくことを許容しているものと解される。
(二) しかるところ、原告は、仮に工場出役・雑居拘禁となった場合には他の受刑者に働きかけて監獄闘争を展開する姿勢を明示し、行刑施設及びその職員への反抗的態度を維持したほか、仮釈放制度を否定して、非合法な手段によって出獄することを表明し続けていたというのであるから、このような原告を、他の受刑者と共に集団処遇に付した場合には、他の受刑者を煽動し、又は逆に反発を受けてあつれきを生じさせるなど施設内の規律及び秩序を乱すおそれが極めて高いことは明らかである。したがって、本件刑務所の規律及び秩序を維持して受刑者の拘禁目的を達成するためには、右のような原告を昼夜間独居拘禁に付し続ける必要性があったものということができる。
(三) また、右継続された昼夜間独居拘禁の具体的な処遇内容も、前記のとおりであって、日常の生活行動が制約されていることは刑罰制度の執行に必然的に伴う範囲内のものであるといえるし、長期間独居拘禁が継続されていた原告の心身の健康を維持・管理するためには定期的な健康診断等が実施されて必要な措置等が取られていたほか、情報入手や外部交通の面においても、新聞の閲読(毎日)・ラジオの聴取のほか、外部への発信・外部からの受信、親族・弁護士との接見も一定限度で認められていたのであるから、原告が社会から不必要に隔離されていたものとは言い難く、合理的な範囲内の制約である。
(四) 以上に鑑みると、本件第一次独居拘禁の継続が約一三年二か月の長期にわたったとしても、それは監獄の規律及び秩序を維持するために必要かつ合理的な範囲内のものであって、憲法一八条にいう奴隷的拘束又は憲法三六条にいう残虐な刑罰に該当するものということはできず、この点に関する原告の憲法違反の主張は理由がない。
4 国際人権B規約違反の主張について
本件第一次独居拘禁の継続は、前記のとおり、本件刑務所に収容されている受刑者の拘禁目的を達成し、同所の規律及び秩序を維持するために必要やむを得ないものであって、その具体的な処遇内容も刑罰制度の執行に必然的に伴う合理的な範囲内の制約であるということができるから、たとえ一三年二か月の長きにわたったとしても、「拷問又は残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い」(国際人権B規約七条前段)には該当せず、また、「自由を奪われたすべての者は、人道的にかつ人間の固有の尊厳を尊重して、取り扱われる。」という規定(国際人権B規約一〇条一項)に違反するということもできない。
よって、本件第一次独居拘禁の継続が国際人権B規約七条及び一〇条に違反するから違法である旨の原告の主張は、理由がない。
5 被拘禁者処遇最低基準規則等違反の主張について
原告が主張する被拘禁者処遇最低基準規則又は被拘禁者処遇基本原則は、いずれも日本国内において法的拘束力のあるものではないから、国家賠償法上の違法性認定の根拠とすることはできず、この点に関する原告の主張は失当である。
三 本件第二次独居拘禁に付した措置の違法性の有無について
1 本件第二次独居拘禁に至る経過
本件刑務所長は、平成七年一〇月二三日に原告の本件第一次独居拘禁処分を解除し、それ以後工場へ出役させ、夜間は独居房に収容していたが、平成一〇年二月二五日の入浴終了後の検身の際、原告が官給品の石けんのほかに、自費で購入しなければ所持できない自弁品の石けんを許可なく所持しており、取調べに対する原告の黙秘によって、右石けんの入手経路を明らかにすることもできなかった。そこで、本件刑務所長は、物品不正所持の規律違反行為があったとして、監獄法五九条及び六〇条に基づき、原告に対し、同年三月一三日から同月二七日まで一五日間の軽屏禁(文書図画閲読の禁止併科)の懲罰を執行したが、右石けんの入手経路が不明のままでは、原告が石けんを授受したこと又は窃取したことなどに起因して、他の受刑者との間でトラブルが発生し、最悪の場合、暴行等の重大事犯に発展する危険性もあると考えたことから、その時点で従前原告が就業してきた第一工場に出役させることは適当でなく、しかも、原告の身体状況(腰痛等)、各工場の作業内容、施設の構造・警備力及び原告の施設に対する反抗的態度などを併せ考えると、他に適当な工場も見当たらなかったため、当分の間、原告及び第一工場に就業する他の受刑者の様子を観察することとし、同月二八日、原告を本件第二次独居拘禁に付した(<証拠略>)。しかし、同年八月一一日までの動静観察の結果、他の受刑者から石けんが紛失したとの申出はなく、同工場の状況も比較的安定しており、原告の言動等を批判する者も見受けられなかったこと等から、他の受刑者との間でトラブルが発生する危険性は少なくなったものと考え、同年八月一八日、昼夜間独居拘禁を解除し、原告を工場に出業させた(<証拠略>)。
2 当裁判所の判断
右の経過に鑑みると、本件第二次独居拘禁に付した本件刑務所長の措置には、合理的な根拠があり、著しく妥当性を欠くということはできないから、その裁量権の行使には逸脱がなく、本件第二次独居拘禁に付した措置は監獄法令上適法である。また、右措置は、右の経過及び本件第一次独居拘禁に関して判示したところによれば、憲法一八条、三六条、国際人権B規約七条、一〇条、被拘禁者処遇最低基準規則五七条、二一条一項又は被拘禁者処遇基本原則6、7に違反して違法となるものではない。
3 結論
以上によれば、本件刑務所長による本件各独居拘禁の開始又は継続はいずれも違法とはいえないから、国家賠償法一条一項に基づく原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 齊木教朗 片岡武 吉川奈奈)
(別紙)処遇経過一覧表(略)
(別紙)懲罰一覧表(略)
(別紙)第一次独居拘禁継続の理由(略)